AlohaSpirit

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ハワイの旅

ハワイの音楽と牛との関係

CRW_0293.jpg色々いっぱいあるけど、ひょっこり訪ねた田舎町で、ひょっこり出会った地の日系移民の老人たちから聞くハワイ昔話、こいつがなかなかイケルのだ。

「ホテルやモーテルなんかもちろんなかったからね。昔の若い恋人たちは、デートというと、砂糖きび畑に出かけたもんさ、蚊取線香を持ってね。

夏のさかりの頃になると、あっちにポツリ、こっちにポツリ、ホタルのように赤い火が見えるんだ。そうさ、私なんか恋人のいない連中は、それを見物に出かけたものさ。

それで女の子のほうが手に線香を持ってクルクルクル。

コトが始まると、その回転がどんどん速くなっていくのさ。おう、始まった!って、こっちも興奮して見てると、クルクルクルクル……
そして急にピタリと止まる。

 ア~ッ、ワーッ。砂糖きび畑の向こうもコッチも溜め息の合唱の瞬間さ。

いや、あれはなんともいえない風情があったね。なんというんだっけ? そうそう、夏の風物詩ってやつさ。アッハッハ」 

ウーン、なんて素敵な話だろう。ハワイ島北のホノカアの町、バンブー・ギャラリー前のベンチでは50~60年のプランテーション仕事での歴史を顔に

刻みこんだシワくちゃ顔のオジイちゃん、オバアちゃんたちが集って、昔話に花を咲かせている。

ハワイ音楽

ハワイ音楽と牛の関係

005.jpgハワイ音楽と牛の関係はナ~ンダ?ーーそう訊かれて、すぐ答えがスラスラ出てきたら、あなたは相当のハワイ音楽通だ。

いけね、スラスラ…なんてヒントのようなことを言っちまったぜ。そう、ここで僕が言おうとしているのは、あの椰子の葉を揺らす風に乗って聴こえてくる、
優しくとろけるようなギターの調べ、

スラックキー・ギター・ミュージックのことなのだ。

ミシシッピーにブルース、スペインにフラメンコ、そしてハワイにスラックキーあり、と今では世界三大ギター・ミュージックのひとつに数えられる
そのスラックキーだが、その起源はなんとモー笑える話。

そもそもの始まりは18世紀末、イギリス商人からハワイ王朝の王様に贈られた、つがいの牛。しかし、もらってはみても、牛はもともとハワイには
いない動物。

扱い方もわからないのでハワイ島の南コハラの草地にほったらかしにしておいたそうな。そしてある日、ふと気づいてみるとあたりは、
牛、牛、牛、牛、牛だらけ。モーかなわん、なんとかせいとこの牛対策のためにカリフォルニアから招かれたのがスペイン人 カウボーイたち。

ハワイ語でカウボーイを意味するパニオロという言葉は、パニックでオロオロした王様が呼んだエスパニヨールたち、と見事に
この大事件の痕跡をとどめた言葉なのだ!

アロハ便り

大平洋のど真中

CRW_0966.jpgハワイ諸島の最南端にあるハワイ島は、別名ビッグ・アイランドと呼ばれるダイナミックな自然で知られる水と火の島だ。高さ四千メートルを超え、頂上は雪で覆われた二つのビッグ・マウンテンに今も時々、溶岩を噴き出す火の女神ペレの住処、キラウェア火山。そして島の大部分を占める熱帯ジャングルの奥には滝があり、温泉がわき、そこは植物の宝庫だ。そうかと思えばこの島にはアメリカ第2の大きな牧場があり、海岸に出れば、青い海に白砂の美しいビーチ……。そんな自然の魅力に引かれ、60年代終わりから観光客にまじってカリフォルニアから数多くのヒッピーたちが移住してきて、あのシンセミア、世界に名高いハワイアン・バッズの“緑色革命”をなしとげてしまったのは御存知のとおり。古くはきのこ研究家でもあった前衛音楽家、ジョン・ケージ、最近ではニール・ヤングやウォルター・ベッカー、それに90年代にジャマイカからレゲエ・ミュージシャンたちが、この島独自のナチュラル・ミスティックにインスピレーションを求めて足しげく訪れ、アート、音楽、他のさまざまな面でも、ここは新たなハイブリッドなヴァイブの実験、震源地になっているようなのだ。この島で2月に行われた、イベント会場で“ミスター・ヴァイブ”ムロケンさんと遭遇。ここを第2の故郷として昔から通い精通している氏に、その魅力、変化、新しい動向などをいっぱい語ってもらった。

Burst High(BH) まさかハワイ島のヒロなんて知る人ぞ知る田舎町でムロケンさんとバッタリ会うなんて思ってもいませんでしたよ。
Muroken(MK) それもボブ・マーリー生誕60周年のコンサート会場ってのがシブイよね(笑)。ヒロは70年代にサーフィン熱におかされて来て以来お気に入りの町なんだ。西側のコナより観光地化されてないし、もともと日系移民たちが住み着いて出来た町だから、初めて来た時も昔の日本にタイム・トリップしたような妙な懐かしさを感じたんだ。
BH 僕も街角のカフェに入ったら蝶ネクタイ姿の二世オーナーとその奥さんに「どこから来なさったのかね」といきなりやさしく話しかけられて、それからヒロにぞっこんですよ。
MK エルシーズ・ファウンテンだ。引退して店をたたまれちゃったけどヒロ訪れる若い日本人旅行者なら知らぬもののない名物カフェだったね。ヒッピー系ならベアーズ・カフェ行けば、町周辺のイベント情報はバッチリだね。のっけから観光ガイドやってどうする(笑)。ヒロから40分ぐらいのドライブで行けるパホアってさらに小さな町は完璧なヒッピー・タウンでしょ。あのあたりにカリフォルニアやジャマイカから来たラスタ系移民が毎年2月にレゲエ・フェスティバルを催して、一昨年はウェイラーズもやってきてノリノリだったって噂を聞いて、今年は60周年、節目の年だからって矢も盾もいられず飛んできちまったわけさ。今年で12回目だって。もともとハワイの連中、ジャワイアン・ブームとかレゲエ大好きだし、根付いて定着したみたいでいい感じだったよ。
BH 客層はヒロのハワイ大学の学生や地元の若者たちにオールド・ヒッピーたち、ラスタ仙人みたいな人もいたり、多種多様でいかにもって感じでしたね。
MK 同じ少数民族系のヒーローってことで尊敬してるんだろうな、中学生なんかがボブ・マーリーTシャツ着て来てるの。嬉しくなってバシャバシャ写真撮ってたら、次の日、自然食品スーパーのレジのところで並んでた普通の格好のおじさんに「昨日はいい写真が撮れましたか?」って話しかけられてビックリ。チェックされてやんの(笑)。そしたらレジ係りの若者が「せっかくのメモリアル・デーなのにメイン・バンドがボブの曲を一曲も演らなかったのが不満だったな」。横にいたおばさんが「マーリー・ファミリーはエチオピアに行っちゃってたから仕方ないわよ」といきなり店先で大討論会になっちゃった(笑)。でも、みんなオープンでワン・ラブ、ワン・ハート、こんな住民がいるのはヒロだけだなって俺は嬉しくなってニヤニヤしてたよ。
BH 十年前の生誕50周年の時に、遺されたウェイラーズの歌姫たちの『アイ・スリー、ボブ・マーリーを歌う』ってアルバムが発表されて話題になったけど、あれの発案者ってムロケンさんだったんでしょ。リタ・マーリーから感謝されて招待を受けてジャマイカへ飛んだって?
MK  あれ、そんなことどうしてラムネが知っているの?
BH  知ってますよ、あのアバンダント・ライフって自然食品屋に寄ったら「今日、店にリタに招待されてボブ・マーリー御殿に行った日本人のレゲエ音楽プロデューサーが来たんだ」って評判になってたもの。「“ジャパンとジャマイカはジャーで結ばれてますもんね”ってやったらモテモテだったって」って。ムロケンさん、吹いたでしょう?
MK げっ、狭い町、噂のひろがるのの早いこと(笑)。

緑の島

光と闇はカム・アンド・ゴー

IMG_0482.jpgBH  ドレッドロックのヘアスタイル、それにタイダイのTシャツがワン・サイクルして若い人たちの間ではやっているっていうのも、いかにもこの島らしいって思うんですけど、デッドヘッズも随分たくさん、ここに移り住んできてるみたいですね。デッドとボブ・マーリーをつなぐものというとやっぱりグリーンですかね? 
MK 60年代後半からハワイにやってきたカリフォルニアのサーファーやヒッピーたちがインド産の種を改良して、 コナ・ゴールドとかマウイ・ワウイとかあの70年代のパカロロ・ブームを作ったことはまちがいないね。 なにしろヒロの郵便局からの海外向け小包の三分の二はそれだったって時代さ。なにしろ簡単にできるからアッという間に砂糖キビを押しのけて、ハワイ産換金作物のナンバー・ワンになっちゃった。 アメリカ農林省がシブシブ認めてたぐらいだからね(笑)。70年代半ばはみんなそんな風に自然の中でクリエイティブでピースフルに生きるっていうライフスタイルでのびのびやっていたから、あのディックス・ピックスってデッドの名演ライブCDシリーズを後で作ったディック・ラトヴァラとか、アルバム・ジャケットを描いたビル・ウォーカーとかデッド・ファミリーの人たちが早い時期から、この島に移り住んできてたよね。
BH 自由なライフスタイルのモデル、新しい伝統みたいなものがその時期から生まれて根付いてきていたんだすね。グレイトフル・デッドはこの島で演奏したことはなかったんですか?
MK あのPA機材運ぶのは無理だからデッドはオアフ島以外はやってないよ。でもメンバーは休暇でちょくちょく来ていて、ガルシアはスキューバ・ダイビングにはまって、よくコナの方の海に潜って楽しんでいたみたいだよ。93年にヒロでジェリー・ガルシア・バンドの公演があって、僕のこの島の仲間たちはいまだに昨日のことのように喋ってるよ(笑)。あの時、メインランドからやってきて島の魅力にとりつかれて住み出した連中もかなりいるって。
BH そうした連中がまた新しい緑の島の伝統を継いで、いいのをグロウしてたり(笑)?
MK くわしくは知らないけどハイでヘルシーでいることにはどん欲な連中だから、そうかもね。最近はヴァーポレイターって煙を気化して、喉や体にやさしい器具がひそかなブームだって昔からのベテランが言ってたよ。俺はもう昔にやめちゃったからわかんないけどね。とにかくあの頃は「本土の大学に行っている孫が好きだから」って育てている日系のおじいちゃんがいたり、島中どこでもシンセミアの甘い香りがいっぱい。音楽界にもそういう資金が流れてホームグロウン・シリーズなんて、たくさんのローカル・ミュージシャンが参加した良質のハワイ産アルバムが次々出されたり、とてもいい時代だったよ。
BH それがレーガン政権とともにグリーン・ハーベスト作戦とか、取り締まりが強化されて、暗黒時代になっちゃったんですね。
MK 警察、マフィア、やくざでグチャグチャ。ホノルルからアイスの売人たちが流れてくるは、80年代からかなり長い間わけわかんなかったね。でも、このところブッシュ政権を嫌ってこの島に移ってくる“リーヴ・アス・アローン!”の確信的亡命派の人たちがとてもレベルの高いコミュニティ・ペーパーを出して、あらためて自由な生き方とは何かを問い直したり、あのフラのメリー・モナーク・フェスやレゲエ・フェス、新旧それぞれのアイデンティティを持ったイベントが盛り上がって続いていたり、いろんなレベルでこの島には新しい気運を感じるよ。

谷を下りて飛べ

アヤワスカ・トリップ

0016.jpg ヒロのウォーターフロントでうまい飯でも食べながらインタビューをって、約束してたのにムロケンさん“自分の神様と会う必要があるんだよ”とか言って、しばらく行方くらましちゃったじゃないですか。どこ行っていたんですか?
MK ああ、ごめんな。実はアヤワスカを作っている人と会って、しばらくビジョン・クエストをしに、ワイピオ・ヴァレーに行ってたんだよ。
BH えっ、アヤワスカって、アマゾン川流域の蔦かなにかから作られる幻覚剤じゃないんですか? LSDの百倍も強い世界最強の幻覚誘発物質とかいわれている。そのアヤワスカがハワイ島で作られているんですか?
MK そんな急に声を大きくして興奮するなよ(笑)。ほら、何年か前に亡くなっちゃったけどテレンス・マッケナってシャーマン系のメッセージで注目を集めていた植物学者がいたじゃない。日本でも『神々の糧』とか本が出ていた人で、その弟子みたいな連中が日本でも儀式をやって、一時トランス系の若者たちの間でも評判になってたじゃない。あのマッケナが死ぬ前にこの島で自分の植物園を作り、ワークショップを主催していたんだよ。
BH あっ、僕その人の名前、ガルシアがインタビューの中で出てくるので知って、本を探したことありましたよ。
MK そう、そう、さすがラムネだ。その人だよ。で、この島にもアメリカのメインランドでトランス・パーティを主催してたコンシャスな若い連中が移住してきて、彼のシーンにフックして、今も満月の晩にジャングルの奥で音を出したり、いろいろ活発に動いているんだ。僕が会ったのはそういうつながりで知りあったひとりなんだけど……。
BH 思い出した。アヤワスカって、あのウィリアム・バロウズとアレン・ギンズバーグの有名な『麻薬書簡』ていうビート作家たちの本に出てくるヤヘって奴ですよね。
MK ご名答! ヤヘはアマゾンの流域に住むインディオのトゥピ族の呼び名で、アヤワスカはケチュア族の呼び方。とにかく昔から精霊と交信したり、病気の治療や未来予知という目的で、彼らの間ではシャーマンやウィッチ・ドクターみたいな人が伝承し、使われてきたんだよ。 チャクロパンガっていうDMTを含んだ植物とシリアンルーっていう別の植物を混ぜて摂取するんだけど、過って採るとヤバイんだそうだ。
BH そういえばやる前にダイエットのようなことをして体をクレンジングしとかないといけないって聞いたことありますよ。で、ムロケンさん、あのワイピオの谷でアヤワスカ体験してきたんだ。ディープ・アドベンチャーでしたか?
MK そりゃもう、あそこはカメハメハ や古代ハワイ人の聖地だもの。あの谷で電話も電気もないランプだけの小さなホテルをやっていた日系人のトム・アラキって、僕の心のおじいちゃんみたいな人がいたんだけど、何年か前に死んじゃって別れの挨拶に行きたかったんだ。ホテルの跡にテントをはって、二日間、海岸に出たり、奥のヒイラヴェの滝を散策しながら体をゆっくりスタンバイさせて、やったんだけど、すごかったよ。アカパネって文字通り赤い羽の珍しい鳥がいるんだけど、それがおじいちゃんになったり、ギャビー・パヒヌイみたいなハワイアンになったり、いやいや、たいした心のメリー・ゴーランド体験だったよ(笑)。
BH 液体になっているんでしょ?
MK うん、見た目はもろどぶろくみたい。最初は強力な吐き気がして最悪、でもしばらくすると体が2、3回でんぐり返りして別の世界へ、って感じ。ペヨーテってやったことある? ちょっとあの感じに似ていたな。闇の中でも光がぶわーとさしてきて、自分がそこに百年もはえている木のようにも思えてきたりね。
BH ビジョン・クエストとか、ムロケンさんみたいにはっきり自分のモチーフを最初に持ってやらないと、ボロボロにされちゃいそうですね(笑)。そう言えば、軽いドラッグ感覚でやった知り合いが、もう二度とやりたくないって言ってたっけ(笑)。
MK そういう人はカヴァぐらいにしといたほうがいいよな。
BH カヴァって僕も飲みましたよ。ポリネシアの島々に昔からある胡椒科の木の根っこを擦ってドリンクにしたやつでしょ。味は泥水みたいで最低だけど、しばらくすると軽い酩酊感があって、いいですよね。
MK あれも昔はファーマーズ・マーケットの隅で根っこやパウダーのまま細々と売られていたのに、ここ数年、音楽でスラッキー・ギターの復活やフラ教室の隆盛っていうハワイ文化復興の波と一緒に注目あびちゃって、おしゃれなカヴァ・バーなんかができちゃった。コナの方で入ってみたら一杯5ドルもするんだぜ。ヒロの朝市の店なら2ドルで飲めるっていうのにさ。
BH  そういうバーに限って、ものめずらしさに目をつけた元ヒッピーだった白人がやっていたりするんですよね。
MKI そうそう。でも、おしゃれな女性客たちもいて、日本人観光客としてはちょっと嬉しかったりして……ましてや、ジャングルで苦行をした後とあっては、おお、都会じゃ、観光地じゃ、わいわい、フワフワ。
BH  あー、ムロケンさん、アヤワスカ・トリップ、実はヘビーすぎたんじゃないですか?
MK いや、まあ、旅行もトリップも普段、自分がリアリティだと思っている意識の次元から、すこし離脱するのがいいのさ。ああ、ここはちょっと違う別なものがあるなって経験。そういうものを見た目で、自分の日常や環境を作り変えていくのさ。今回のハワイはそういう意味ですごくいい旅だったよ。
BH みんなも心をグリーン&クリーンにする、いい旅もっとしてほしいですよね。